松本零士氏を偲んで ♯03 店の名は『ミーくん』

その店が、いつからあの場所にあったのか、私の記憶では、今ひとつはっきりしません。
1978年には……たぶんまだ無かったのではないかと思います。
1980年夏には確かにあったのは確実です。
おそらく店の名前から察するに……1979年の秋頃オープンしていたのか、なんて妄想していますが。

2401001.jpg

店の名は『ミーくん』。
渋谷の今は亡き東急文化会館……現在はヒカリエがある場所です。そこの1階、渋谷パンテオンの右脇にある、数坪のこじんまりとしたアニメグッズの販売店でした。
新宿にも店舗があったのですが、私はそちらへは1度ぐらいしか足が向かなかったかと記憶しています。
渋谷へはアクセスの良さもあり、
1978年『さらば宇宙戦艦ヤマト』
1979年『銀河鉄道999』
1980年『ヤマトよ永遠に』
1981年『さよなら銀河鉄道999』
1982年『1000年女王』
1982年『わが青春のアルカディア』
1983年『宇宙戦艦ヤマト・完結篇』
これらを全て東急文化会館の映画館で鑑賞していました。

この5年余りの期間、鑑賞した後、『ミーくん』で物色、というのがルーティンのようなイベントでした(*´v`)。
もちろん、渋谷へ出向くことがあれば、特に用が無くても、この『ミーくん』や、地下一階の映画館「東急レックス」近辺をパトロール(?)するのが、これまたルーティンで、そういった際に『ヤマトよ永遠に』や『わが青春のアルカディア』の最初の告知ポスターと衝撃的な出逢いを果たしていました(´д⊂)。

グッズについてですが、インターネットがまだこの地球に無い時代、グッズ購入はいろいろと敷居が高かったです。

2401002.jpg

2401003.jpg

これは1978年当時の「ヤマト・ファンクラブ本部」の会員割引販促リーフレットです。
郵便局へ行って振込をしなければならないので、小学生にはなかなか敷居が高かったです……まぁ、やっていましたけれども。

ですから、店舗にズラリとグッズが並んでいる様はなかなか壮観で、テンションが上がりました。
もちろん、そこは小中学生の身の上、買えるものはごくごく僅かであったのですが。
写真はその当時の包装紙……クリアファイルにまだサイズの異なる数枚が保管してあり、44年を経た今でも、まだまだ色褪せてはいません。

包装紙はこのように御大層に保管してあるにも関わらず、肝心の商品は何一つ手元には残っていません。鉛筆は使ってしまうし、カンペンケースは錆びたら捨ててしまうし……前売り券の半券や、前売り券付属のポスターなら、まだ保管物があるのですが。

松本作品ブームの華が咲いたような時代でした……もともと、「ヤマト」のヒットにより一般にも名が知られるようになった氏の、メカデザインやストーリー性に注目が集まり、一気に爆発した……これを当時を知らない人に説明するのはちょっと難しいですね。
例えば……同一の漫画家が原作のアニメーション番組が、週に2本放映されているって、ちょっと現在では……いえ、あらゆる時代においても、なかなか考え辛いと思うのですが。
1978~1979年の間、テレビでは『銀河鉄道999』と『宇宙海賊キャプテンハーロック』が放映されていました。加えていえば『宇宙戦艦ヤマト2』も1978~1979年の放映です。

そんな状況でありながら、現在と違い、ファンは情報を出版物とラジオに依存するのみで、今現在と比較すればなんとストイックであったことか。
しかしその分、その熱量たるや……このあたりは島本和彦氏の『アオイホノオ』を読んで頂くのが一番伝わるかと思います(ノ∇≦*)。

個人的には、『銀河鉄道999 エターナル・ファンタジー』、『ダナサイト999.9』、OVA『クイーン・エメラルダス』等々作品が続出したそしてWeb上で『ニーベルングの指輪』が連載されていた、20世紀末と21世紀初頭の「あの頃」
「あの頃」をもっと濃縮にした数年間であったという印象なのですが……これはセンチメンタリズムに過ぎぬのかな(´・_・`)。
「あの頃」の私は30歳過ぎ、かき集めたものはチラシの類や半券まで全て保管しています。しかし、やはりこの時も値の張るものは手が出なかったのですが……その話はまた後日。

その「あの頃」……『銀河鉄道999 エターナル・ファンタジー』の公開から、既に四半世紀を経てしまったというのがなんとも……認めたくないような話ではありますが)(/∀\*)。

松本零士氏を偲んで ♯02 【1998.8『幻想軌道』そして、1999.9『幻想軌道1999』】

前回は1980年頃のことを書きましたが、時系列はバラバラに綴っていきます。
1998年当時、映画や芝居等の情報を得るため、当時の私は『ぴあ』を毎週購入していました。

おそらくその過程で……だったと思います。コンサート『幻想軌道』の情報を得たのは。

2310066.jpg

このチケット……これ、当然どこかの窓口で購入か、入金して郵送してもらうか、なのでしょうが……いやはや全く記憶がありません(ノ_<)。四半世紀前のこととはいえ、情けない。

2310065.jpg

2日間の開催の初日、1998年8月14日(金)に退社後、初めての「すみだトリフォニーホール」へ向かい2時間程度の鑑賞となりました。

氏の漫画家生活45周年を記念して開催されたこのコンサートですが、かなり良く練り上げられた構成・演出で、非常に満足した記憶があります。
それがために、翌年1999年、2日間、全3回開催された『幻想軌道1999』の、構成や演出にはやや残念さを感じた記憶があります。それぐらいこの『1998』は素晴らしかったと思います。

2310068.jpg

ちょっと脱線して、その『幻想軌道1999』ですが、翌年の1999年9月に、私は全3回全てを鑑賞しました(°_°)。上の写真はそのプログラム。各回ごとに表紙が違う、というのは、一回の鑑賞では絶対に知りえない仕掛けです。チケットは残念ながらまったくの「チケットぴあ」のもの。

話を1998年に戻します。
当時、もちろん私はこのWEB『やまとは くにの まほろば』を立ち上げる以前でしたが、ネット環境は持っていました。
が……

2310067.jpg

プログラム内の、この「宇宙のどこかにいるワーグナーへ」というコラムを読み(;゜0゜)その事実を初めて知りました。
1989~90年頃、雑誌『中古車ファン』で連載され、1992年に単行本が発売されていた、『ラインの黄金』の続編『ワルキューレ』が新潮社のWEB上で毎週連載されている事実を……w(゚o゚)w。これ、かなりの衝撃でした。

そして、確かこのコンサート開催の翌月に、『ワルキューレ』の単行本が発売されました。かつての『ラインの黄金』に準じた装丁と判型で。

それからの私は『WEB新潮』上で、『ジークフリート』そして『神々の黄昏』に没頭していきました。
が、次第に連載間隔が開くようになり、休載状態に……そして、『WEB新潮』そのものも別の形へと変わっていきました。
『神々の黄昏』が、未完となったことが、心底残念でなりません( ノД`)。

松本零士氏を偲んで ♯01

氏の訃報から少し日が過ぎました。
これからは時折、氏に関する事柄を、気の向くままに記していこうと考えております。

私は、直接氏を目の当たりにした機会はそう多くありません。
一番最初は、1980年8月2日の事でした。

2303017.jpg

『ヤマトよ永遠に』公開日に、東急東横線で『宇宙戦艦ヤマト号』が走るイベントがあり、幸運にも参加出来ました。

2303018.jpg

なにぶん43年前の話なので……上記のチラシに表記されているように、今は亡き渋谷パンテオンまで無料乗車券を確保しに行ったのか……当時入会していた『ファンクラブ本部』のほうで、何か優先の入手ルートがあったのか、全く記憶に残っていないです。

当日朝、菊名駅の改札前に集合し、電車に乗り込み、当時東急東横線の終着駅であった桜木町まで運行し、桜木町駅で構内アナウンスを派手に催したのちに出発。
氏が車掌として車掌室に乗り込み、走行中は生インタビューが車内放送されていました。
渋谷までの走行中、車内を一往復、車掌服姿の氏が、皆と握手をしながらの「行幸」です。
もう、本当にもみくちゃにされているような感じでした。私も往路復路で1度ずつ握手していました。

2303019.jpg

社内広告は全て『ヤマトよ永遠に』のポスター類です。
渋谷到着前に、剥がして持ち帰ってくださいとのアナウンスがあり、渋谷に到着した時点で、もう車内は狂喜乱舞の様相(^^)。
日本人には無い感覚ですが、よく見る海外の『略奪』っていうのは、ああいうテンションなのかと、今になって思いました。

渋谷駅ホームではバンドが生演奏をする中を、我々乗客が行進して、イベント終了。

おぼろげな記憶を繋ぎ合わせると、こんな感じです。
プレゼントは何を貰ったか……全く記憶にありません。

私は幼馴染と2人で参加していましたが、確かこのまま「東急レックス」で観劇……にはならなかったと思います。日を改めたかと、何しろ2年前の『さらば~』には及ばないまでも、かなり凄い混雑でしたので。
パンテオン横の『ミーくん』で買い物をして帰ったのだと思います。

『ミーくん』の話は、まだ別の折にヽ( ´_`)丿。

2303020.jpg


遠く時の輪の接する処で…

今月13日に、松本零士氏が召されていたことが、今日、報じられました。
ご冥福をお祈りいたします。
昨今は毎日、半日以上仕事という感じでして、今日の訃報に接しても、感傷に浸る暇もないような状況です。
今後、折々に想うところを記していければ、と考えております。
訪問者数【2000.6.21〜 通算】
カレンダー
04 | 2024/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
Webmaster

 sa-toshi

Author: sa-toshi
このブログはウェブサイト『やまとは くにの まほろば』の一部です。ブログのみで閲覧されている方はhttp://www.yamato-mahoroba.netからの再閲覧を推奨致します。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カテゴリ別記事一覧