1/24マーシィドッグ改め……1/24スコープドッグⅡ ♯08 【2023年 完成品4號】
1/24マーシィドッグ改め……1/24スコープドッグⅡの続きです。


アンテナの工作。プラのアンテナをカットして、真鍮線とニクロム線でアンテナを作成。

頭に接着し、これで頭部は完成。


いよいよコクピット製作のツメに入る。


パイピング類の一部を巻いたニクロム線などで作り直し。


と、ここまで完成したものの……なんと、幅を詰め過ぎたのと、腰の軸を埋め込んだために……

上半身に収めると、ハッチが閉められなくなることがここで判明(*´~`*)。
全く、いつまでたっても……
D-DAYS =EP.6=
ここ数日というものの、腑抜けのような毎日を送っていた。
1/24マーシィドッグは不本意な出来ながら、なんとか締め切り日の明け方に作業を終え、『典厩さん』に預けることになった。
結局、3連カメラのうち2つを点灯させる工作だけは無事に済んだ。
納品は『典厩さん』と『刑部』が当日夜に行った。ここでいろいろな事が起きているのだが、それが何かを知ったのは撮影終了後の事になる。
こちらは高校生の身の上、高田馬場のスタジオでの撮影は平日ということで立ち会わず、全て社会人の『典厩さん』にお任せするということになった。
撮影終了後、『刑部』から聞いた編集長からの伝言は、
「頑張ってもらったが、ジャングルのディオラマという設定だから、もう少し泥汚れなど表現するともっと良くなったよ」
……これはグサリときた。
いわゆる「銀のハゲチョロ」を入れるのがやっとで、泥汚れ等のドライブラシを施す時間が無かったのだ。
1/35のダイビングビートルといい、1/60スクラッチのアレとい……結果的に残念な出来としか言いようがないものだった。
とにかく、過信して引き受けすぎたのだ。それが第一なのは疑いようがない。
同じ失敗を繰り返さないためには、もう複数のキットを引き受けるのは控えなければ。そんな風に考えていた。
1983年3月、その雑誌は発売された。
書店の棚からその雑誌を取り出し、緊張しつつページを捲る。
巻頭のカラーページに、1/24マーシィドッグは写っていた。
しかし、この見栄えは……なんとも苦々しい思いを抱かざるを得なかった。
失敗だ(゚´Д`゚)゚。
酷い結果を出してしまえば、「発注側」の結論は当然シビアなものになる。
或いは『典厩さん』の判断であったのかも知れないが、次号用に自分に割り当てられた作例は、「ひとつ」のみだった。
なんということもない、身の丈に合った分量に、しっかり取り組むしかないのだ。
次回作は、かなり慎重な作業に徹した。その結果は、汚名挽回とまではいかずとも、まあまあの評価は得られたのではないかと思う。この時、最初で最後の「製作記事」を書かせてもらった。
この製作記事は、誌面には掲載されずに、別の媒体に掲載されることになったのだが、手書き原稿のチェックをしていた『編集スタッフさん』に、
「sa-toshi君、電池が“電地”になってるぞ(笑)」と突っ込まれた。
この『編集スタッフさん』、現在もメカニックデザイン等で御活躍の某氏の若き日の姿。
1984年6月、発売された次号で、汚名挽回の作品は、やはり巻頭カラーページに掲載された。
前回よりは、苦い思いをせずに、ページを捲ることが出来たが、
“前回のマーシィドッグは酷い”
“デカールの下のスジボリが消してない”
“汚しが下手”
といった読者投稿が、またグサリと胸に刺さる。
“認めたくないものだな……”とはこんな感じか( ゚Д゚)。
ともあれ、これからもずっと作り続けるのではないかと思う。大人になれば、もっとマシなモノを作れるようになるだろうさ……と甘い考えに浸る。
1984年6月、17歳の春のことだった。

最後の最後で不始末があったが、コクピットを一切放棄して完成しました。


キリコを乗せることは出来なくなったが、とどのつまり今回も「フィアナ機」ということです。

足廻りは、「サンサ」をイメージして土汚れを表現したつもりです。
銀のハゲチョロは一切やっていません。


39年を経てもこの出来( ノД`)。
まぁ、こんなもんでしょう。と、さすがに定年退職が数年後に控える身となればいろいろと悟るものです(´・_・`)。

15年前に完成したバンダイ1/20と共に……。


アンテナの工作。プラのアンテナをカットして、真鍮線とニクロム線でアンテナを作成。

頭に接着し、これで頭部は完成。


いよいよコクピット製作のツメに入る。


パイピング類の一部を巻いたニクロム線などで作り直し。


と、ここまで完成したものの……なんと、幅を詰め過ぎたのと、腰の軸を埋め込んだために……

上半身に収めると、ハッチが閉められなくなることがここで判明(*´~`*)。
全く、いつまでたっても……
D-DAYS =EP.6=
ここ数日というものの、腑抜けのような毎日を送っていた。
1/24マーシィドッグは不本意な出来ながら、なんとか締め切り日の明け方に作業を終え、『典厩さん』に預けることになった。
結局、3連カメラのうち2つを点灯させる工作だけは無事に済んだ。
納品は『典厩さん』と『刑部』が当日夜に行った。ここでいろいろな事が起きているのだが、それが何かを知ったのは撮影終了後の事になる。
こちらは高校生の身の上、高田馬場のスタジオでの撮影は平日ということで立ち会わず、全て社会人の『典厩さん』にお任せするということになった。
撮影終了後、『刑部』から聞いた編集長からの伝言は、
「頑張ってもらったが、ジャングルのディオラマという設定だから、もう少し泥汚れなど表現するともっと良くなったよ」
……これはグサリときた。
いわゆる「銀のハゲチョロ」を入れるのがやっとで、泥汚れ等のドライブラシを施す時間が無かったのだ。
1/35のダイビングビートルといい、1/60スクラッチのアレとい……結果的に残念な出来としか言いようがないものだった。
とにかく、過信して引き受けすぎたのだ。それが第一なのは疑いようがない。
同じ失敗を繰り返さないためには、もう複数のキットを引き受けるのは控えなければ。そんな風に考えていた。
1983年3月、その雑誌は発売された。
書店の棚からその雑誌を取り出し、緊張しつつページを捲る。
巻頭のカラーページに、1/24マーシィドッグは写っていた。
しかし、この見栄えは……なんとも苦々しい思いを抱かざるを得なかった。
失敗だ(゚´Д`゚)゚。
酷い結果を出してしまえば、「発注側」の結論は当然シビアなものになる。
或いは『典厩さん』の判断であったのかも知れないが、次号用に自分に割り当てられた作例は、「ひとつ」のみだった。
なんということもない、身の丈に合った分量に、しっかり取り組むしかないのだ。
次回作は、かなり慎重な作業に徹した。その結果は、汚名挽回とまではいかずとも、まあまあの評価は得られたのではないかと思う。この時、最初で最後の「製作記事」を書かせてもらった。
この製作記事は、誌面には掲載されずに、別の媒体に掲載されることになったのだが、手書き原稿のチェックをしていた『編集スタッフさん』に、
「sa-toshi君、電池が“電地”になってるぞ(笑)」と突っ込まれた。
この『編集スタッフさん』、現在もメカニックデザイン等で御活躍の某氏の若き日の姿。
1984年6月、発売された次号で、汚名挽回の作品は、やはり巻頭カラーページに掲載された。
前回よりは、苦い思いをせずに、ページを捲ることが出来たが、
“前回のマーシィドッグは酷い”
“デカールの下のスジボリが消してない”
“汚しが下手”
といった読者投稿が、またグサリと胸に刺さる。
“認めたくないものだな……”とはこんな感じか( ゚Д゚)。
ともあれ、これからもずっと作り続けるのではないかと思う。大人になれば、もっとマシなモノを作れるようになるだろうさ……と甘い考えに浸る。
1984年6月、17歳の春のことだった。

最後の最後で不始末があったが、コクピットを一切放棄して完成しました。


キリコを乗せることは出来なくなったが、とどのつまり今回も「フィアナ機」ということです。

足廻りは、「サンサ」をイメージして土汚れを表現したつもりです。
銀のハゲチョロは一切やっていません。


39年を経てもこの出来( ノД`)。
まぁ、こんなもんでしょう。と、さすがに定年退職が数年後に控える身となればいろいろと悟るものです(´・_・`)。

15年前に完成したバンダイ1/20と共に……。
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